


剣を交えた戦いの翌日――
王城地下にある秘密の訓練室。王族と直属近衛兵のみが使用を許されたこの場で、再び二人は向かい合っていた。
「……剣を置いての戦い。受けてくれるのね?」
イリーナは黒の柔術衣に身を包み、帯もきちんと締めている。無駄な装飾は一切ない。戦士としての本質が露わになった姿だった。
ルカも同様に、白い道着姿。まだ幼さの残る体つきだが、細身の中に意志が宿っていた。
「イリーナ、昨日は君に剣では敵わなかった。でも――柔術、体術なら、少しは……」
「勝てるとでも?」
微笑みながらも、その声音には鋼のような芯があった。イリーナは裸足でゆっくりと床を踏み、間合いを詰めてくる。
「じゃあ、来なさい。躊躇いが命取りよ、ルカ様」
先手を取ったのはルカだった。低く姿勢を取り、右足を踏み出してイリーナの懐へ飛び込む。彼は剣術よりも、寝技や関節技を好んで鍛えていた。まずは腰を取り、後方へ倒すつもりだった。
だが――
「読めてる!」
イリーナはルカの肩を逆に取って体を回し、自らの腰を支点に彼を宙へ放った。
ズドンッ!
「ぐっ……!」
訓練用の厚い床に背中を打ちつける音が響いた。だがルカは苦悶に顔をゆがめながらも、即座に体を反転し、跳ね起きる。
「ふふ、なかなかの受け身ね。でも――」
その瞬間、イリーナの右足がルカの膝を蹴り抜いた。彼の体勢がぐらついた隙を逃さず、彼女は間髪入れずに体を密着させ、内股でルカの体を崩す。
再び、床に叩きつけられる王子。
「うああっ!」
「王子様、あなたの体術、見所はあるけれど、まだ甘い」
イリーナはすぐにマウントポジションを取り、ルカの両手を上から押さえ込む。地面に張り付いたその姿は、まるで猛獣に捕らえられた獲物のようだった。
「くっ……!」
王子は抵抗しようとする。だが、イリーナの腕の筋肉は見た目以上に強靭だ。彼女は笑みすら浮かべながら、確実に彼の自由を奪っていく。
「もう一度立ち上がってみせなさい。あなたの意地、私に見せて」
わずかに隙を与え、彼女は体を離した。ルカは咳き込みながらも膝をつき、再び立ち上がる。
「はあ、はあ……負けない……絶対に……!」
「ええ、それでいい。男として、それでこそ王子として、あなたはもっと強くなれる」
イリーナは再び構える。今度は重心を低くして、寝技への誘導に備えた体勢。ルカはその意図を読み、今度は無理に突っ込まず、じわじわと間合いを測る。
二人は静かに向かい合い、そして、再びぶつかった。
ルカは今度、背中を取る動きを意識した。回り込むように動きながら、タイミングを見てイリーナの背後に腕を伸ばす。
「……よし!」
背中を取り、背負い投げを狙ったルカ。だがイリーナはそれすら誘いと見切っていた。
「甘いのよ!」
瞬間、彼女は脚を交差させ、体を捻ってルカの動きを利用するようにカウンターを決めた。再び地面に落ちる衝撃が、訓練室に響く。
そして、そのまま逆に首を抱え込むようにして、関節を極める。肘を折られる直前、ルカは慌てて床を叩いた。
「タップ! タップだッ!」
イリーナは即座に技を解いた。
「ふう……危なかったわね。でも、判断は悪くなかった」
「……やっぱり、強すぎるよ、イリーナ」
床に仰向けに寝転ぶルカに、イリーナがゆっくりと寄り添う。
「でも、少しずつあなたは強くなっている。昨日より今日、今日より明日。あなたがそうして努力を続ける限り――私は、あなたの一番近くで見守っている」
イリーナはルカの頬に手を当て、優しく撫でた。
「……君は、俺にとってただの護衛じゃない。師でも、女戦士でもない。イリーナという、“かけがえのない人”なんだ」
ルカのその言葉に、イリーナの頬が紅に染まる。
訓練室の静寂に、二人の呼吸だけが響いていた。